アトリエトーク

旅と学びのコラム 「アジア、ものづくり、町工場」 第5回

平成25年2月10日

新しき糧YOSHI <ペンネーム>

インドネシア語は時制に無頓着だ。インドネシア人の時間感覚も概してルーズである。待つのも、待たされるのもそれほど気にならないようだ。ところが、現代の日本にある量産工場は、1秒単位で加工時間を短縮することにこだわる。それが生産コストの引き下げ、製品の価格競争力の強化につながるからだ。もちろん工場には定時出勤、遅刻厳禁である。時間だけではない。生産は最も合理的と考えられたマニュアル通りに進めないといけない。そうしないと、時間が余計にかかったり、品質が許容範囲を外れたりすることになる。跨線橋があるのに、線路を渡ってしまう人に、日本的生産方式はなじめない。まあええやんか、堅いこと言うなや、では「りっぱな」工場労働者にはなれない。

でも、うるさいことにこだわらんインドネシアはおもしろく、魅力的に見える。あんまり日本的生産方式にがんじがらめにならず、ほどほどにしておいてほしい気がする。みんな同じようにならなくていいと思う。そんなことを言っていると、インドネシアはいつまでも「遅れた」国かもしれない。でも、そんなに先を急いでどうするの、その先に何があるの、という気もする。

インドネシアやタイなど東南アジアには、にこにこと愛想の良い人が多い。それほど不満もなく、何となく楽しそうである。インドなどと比べると特にそうである。インドの人は笑顔の大安売りをしないこともあって、なんとなくとっつきにくい。悠久の歴史の中で、彼らの置かれてきた境遇がそうさせるのか。

シンガポールへ出立する前の日、ナンダさんがちょっとした観光に連れて行ってくれた。彼は運転手付きの日本車でやってきた。自家用車があって、運転手を雇っているということは彼の家庭は富裕層である。おそらくお手伝いさんもいるのだろう。日本でこうした家庭は少なくなったが、高度経済成長期までの富裕家庭ではふつうだった。

ジャカルタ北部のオランダ統治時代の街並みや運河を訪ねた後、海岸に出て、海鮮料理のレストランで夕食を共にした。まだ断食月が明けていないので、日が沈むのを今か今かと待って、みんな食べ始める。最後の晩御飯を食べながら、ひょっとしたら、もうインドネシアに来ることはないかも、と思った。でも、もうここでし残したことはなかった。

オランダ植民地時代の街並みと筆者
オランダ植民地時代の街並みと筆者

8月15日昼の便でシンガポールへ向かう。日本は終戦記念日。1945年、インドネシアも日本軍に占領されていた。先ごろ亡くなった大島渚監督の『戦場のメリークリスマス』もジャワ島が舞台だ。日本が連合国に降伏すると、インドネシアは8月17日に独立を宣言した。しかし、旧宗主国オランダはそれを認めず、インドネシア人民はオランダとの独立戦争を戦うことになる。日本軍は負けた軍隊であったが、インドネシア軍は独立を勝ち取った栄光の軍隊で、後々まで政治力を持つことになる。この独立戦争には少なからぬ元日本軍人が参加した。

1985年に初めてインドネシアに出張した時、西スマトラ州のパダン空港で待ちぼうけをくらった。所在なげに空港のベンチに座っていると、ある男が「日本人か。」と声をかけてきた。「そうだ。」と答えると、僕の前で直立、敬礼して、「白地に紅く、日の丸染めて、ああ美しい日本の旗は。」と歌った。あぁ、確かに1960年代前半、小学校低学年の時にこんな歌を習ったなと思い出した。日本はインドネシアでも皇民化教育を実施していたのである。

今のインドネシア人はおおむね日本人に好意的である。戦後、日本がインドネシアにとって最大の援助国であったこともあろう。バイクや自動車もインドネシアでは日本ブランドのシェアが圧倒的に高い。85年当時は、五輪真弓の『心の友』という歌がヒットしていた。日本では聞いたことがなかったが、インドネシア人には愛された曲である。

ジャカルタの市井の子供たち
ジャカルタの市井の子供たち

インドネシアのトイレ
インドネシアのトイレ

インドネシア編の最後に余談を三つ。

日本人は子供の頭をなでたがるが、インドネシアでは頭は神聖な場所でさわったらあかん。さわりたければ、ほっぺたをぷにぷにつまんでやるようだ。

インドネシアの標準的なトイレは和式で、金隠しがない。トイレットペーパーもない。でも水洗である。便器の傍らにはバケツと蛇口があって、左手で水をすくっておしりを洗うのである。その後、バケツの水で大小便を流す。だから左手は不浄なのだ。

熱いふろにつかるという習慣もない。マンディという水浴びで体を洗う。確かに日中、汗をかいた時はこれで十分である。しかし、いくら熱帯でも夕方になると水浴びは寒い。

ねたも尽きたところで、次回はシンガポール編である。(つづく)

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