アトリエトーク

映画の館『スポポン館』 第9回

平成25年6月10日

館主 平 均(たいら ひとし) <ペンネーム>

今年のカンヌ映画祭にも出品された日本映画『藁の楯』はご覧になりましたか?幼い孫娘を殺された富豪の老人が怒りのあまり、その幼女連続殺人犯を殺した者に10億円やる、と言ったから犯人を匿っていた奴が犯人を襲いだし、犯人は恐れをなして警察に自首します。しかし、警察内にも彼を狙う者がいるからさあ大変。犯人を福岡から東京まで護送することになった5人の護送メンバーは果たして彼を無事運べるのか、というストーリーです。いつ誰がどこから襲って来るかもしれない緊張感、ど派手なアクション・シーン、人間のクズのような犯人を守らなければならないという護衛メンバーの葛藤、そしてその護衛メンバー内にも裏切り者がいるのではないかとお互いが疑心暗鬼になっていく様子など、最初から最後まで異様な緊迫感が充満している傑作サスペンス映画です。観た後はドッと疲れましたが。

人間、人を信じられなくなることほど、辛く不安になるものは無いのではないでしょうか。ということで今回は主人公が疑心暗鬼に陥る作品を上映します。人付き合いで悩んでいる人はよりどん底に落ちてしまうか、映画での状況に比べたら自分のはまだマシだなあと思え、逆に気が楽になるかもしれませんよ。そう願って上映します。

1本目は『遊星からの物体X』(The Thing 1982 アメリカ)。最近、この作品の前日譚を描いた『遊星からの物体X ファーストコンタクト』がありますのでお間違いなきよう。

アメリカの南極観測隊がノルウェーの観測基地を訪ねるともぬけの殻。犬がいるだけでした。その犬を自分たちの基地に連れ帰ったのが不幸の始まり。実はその犬は凶暴な宇宙からの生命体が変態(と言っても君たちが考えている変態ではないよ)したもので、次々と隊員を襲ってはその隊員に変態していきます。特筆すべきはその変態過程や正体がバレた時に変身する異形なる生物のおぞましい姿!色々なパターンでその姿を見せてくれますが、百聞は一見に如かず。とにかく観てください、悪夢にうなされるかもしれませんが。現在のようにCGで作られたものではなく、特殊効果マンが手作りしたそれら異形生物の生々しさに感動すら覚えます。(←あんただけやろ、まさに変態野郎!)

それはともかく、完全に変態すると見た目は本物ソックリなので誰がエイリアンなのか分からず、徐々に隊員同士お互いが疑心暗鬼になっていきます。仲良く話していた人が急に襲って来るかもしれない恐怖、人を信用できない緊張感、雪と氷に閉ざされた基地内という閉塞感がスクリーンから溢れます。南極という逃げ場の無いまさに陸の孤島で絶望に追い込まれた人たちがここにはいるのです。あなたの世界は広いのだ。希望を持ちましょう。

宇宙生物が人間に入れ替わっていく恐怖を描いた映画では『SFボディ・スナッチャー』もおススメです。こちらはグロテスク描写はありませんが、周りの人たちが宇宙人だらけになって主人公が追い詰められていく恐怖や孤立感がよく描かれています。

主人公が疑心暗鬼になって孤立していく作品をもう1本。『マシニスト』(The Machinist 2004 西+米)です。これはSFものではなく、何故か1年も眠れなくなった男が疑心暗鬼から孤立感に陥っていく過程を克明に描いた作品です。

1年もの不眠症に悩まされているマシニスト=機械工がある素性のしれない男の登場によって人生が狂い出します。彼に気を取られている間に職場の仲間に大怪我を負わせ、皆から冷たい目で見られるようになり、今度は自分が怪我を負わされるのではと疑心暗鬼に陥ります。またその男が原因で、愛し合うようになった女性や心を許せる女性を疑い、喧嘩別れする破目になってしまいます。そして自分の身体を傷付けてまでして男の正体を暴こうとします。主人公が精神的に追い詰められ追い詰められ、どんどん破滅に向かって行き、観ているこちらも辛くなってきます。しかし、最後の最後には1年振りにゆっくり眠ることができるのでした。何故かって?それは観てのお楽しみ。ウーン、なるほど、そうだったのか!と思うに違いありません。眠れることに感謝。実によくできた脚本です。

また実によくできたというよりは怖いぐらいなのが主人公を演じるクリスチャン・ベールの役者魂!『バットマン ビギニング』や『ダークナイト』でのバットマン役や『リベリオン』『ターミネーター4』などで均整のとれたいい身体を見せていますが、この役のためになんと30kgもの減量をしたそうで、まさに鬼気迫る主人公になり切っています。これ以上やったら本当に死んでしまいそうです。アッパレ。(←これを読んでる人の中には減量方法を知りたい人もおるんちゃうか?)

今回はダークな作品を上映しましたが、雨がしとしと降るジメッとした環境でこういった映画を観るのも乙なものですよ、と言っても北海道には梅雨が無いか。残念!

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