アトリエトーク

『塾長のオススメです!』 Vol.27

平成25年7月15日

河村国語作文塾&学びのアトリエ
河村 勝之

『色彩をもたない多崎つくると彼の巡礼の年』(文藝春秋)
   村上 春樹 著

『パン屋の手紙 往復書簡でたどる設計依頼から建物完成まで』(筑摩書房)
   中村 好文・神 幸夫 共著

『呉越春秋 湖底の城』第一巻(講談社文庫)
   宮城谷 昌光 著

一冊目は、超ベストセラーになった、今やノーベル賞候補にもあげられるようになった村上春樹の最新作『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』をあげてみます。

この作品は、私には少々期待はずれでした。前半はかなり面白かったのですが、後半は随分失速してしまった気がします。特に物語の進行上重要な人物であると思われる、灰田君の失踪は少し納得がいきませんでした。高校時代の同級生の名前や動きにしても、私には少々図式的・人工的過ぎて、何かしっくりきませんでした。

もちろん、村上春樹らしいレトリックや表現は随所に出てはいましたが、何かこの作品への全力投球を避ける出来事が途中でおこったのでは、という評論家の加藤典洋氏は大変鋭いと思いました。確かに、名古屋を舞台にし、主人公を含む大変親密な5人の男女のその後を追っていく前半の展開はとても面白かったのは事実です。ですが、評論家諸氏が何とコメントしようと、一読者としては、納得のいく結末ではなかった、と言っておきます。

二冊目は私の好きな建築家中村好文氏の共著『パン屋の手紙』をご紹介します。この書物の柔らかな手触りは、写真の美しさや作者の様々なスケッチによるところが大きいのでしょうが、何と言っても、中村氏と神氏の互いの尊敬に支えられた美しい友情が、様々な手紙のやりとりの中に滲み出ているからだと思います。

手づくりに徹底してこだわった、北海道真狩村在住のパン屋神一家と東京の建築家である中村氏とスタッフの人たちとの共同作業は、そのプロセス自体がとてもたのしく(時には厳しく)そして実にうらやましいものでした。(設計料の一部は、これからずっと中村氏の設計事務所に神氏がパン工房で作ったパンを週一回送るという形で支払われるという提案もその一つです。)この書簡集からは、仕事というものに失われて久しい「神聖さ」と、フェルメールの絵を見ている時のような「慎ましさ」が随所で感じられ、心地よい一時を与えてくれました。建築に興味のある方には特にオススメです。

最後になりましたが、三冊目は中国の歴史小説の第一人者、宮城谷昌光氏の新刊『呉越春秋 湖底の城』第一巻をご紹介します。この第一巻の主人公は、若き日の伍子胥です。伍子胥と言えば、春秋時代を代表する名臣の一人です。今回の作品はその若き日の苦闘ぶりを生き生きと描く成長小説です。『太公望』はじめ、中国古代史の小説を描かせると、この人の右に出る人はいないと私は思っています。苦難を一つずつ乗り越えていく主人公たちのドラマは実にさわやかです。また追ってご紹介していきます。

コラム一覧へ戻る

▲ページ上部へ戻る