アトリエトーク

センター国語を「よむ」(第1部出題文編)

平成24年6月12日

河村国語作文塾&学びのアトリエ
河村 勝之

~その3古文について~

今回の古文の原文は江戸時代の後期の歌文集『真葛がはら』からの出題でした。
『真葛がはら』を調べてみたところ、作者は江戸後期の女性只野真葛(本名: 綾子)という江戸生まれ仙台に嫁いだ女性で、彼女の父親はあの『赤蝦夷風説考』を著した工藤平助であった。『赤蝦夷風説考』とは、老中田沼意次時代の経済の活発な政策の流れの中で、ロシアとの経済交流を勧めた非常に開明的な書物である。(ちなみに工藤平助は仙台藩医を江戸で勤めていた、当時の知識人の一人である。)

歴史小説作家である永井路子氏もこの只野真葛(ペンネーム。以後「真葛」で)という女性が父親の工藤平助の流れを汲み、封建制の世を堂々と批判する書物『独考(ひとりかんがへ)』を著した江戸後期を代表する女性思想家の一人として大いに注目している。詳しくは関民子著『只野真葛』(吉川弘文館)、門玲子著『わが真葛物語-江戸の女流思索者探訪』(藤原書店)があり、中央図書館に所蔵されているので、興味のある方は読まれたい。

さて、肝心のこの『真葛がはら』所収の今回の文章に話題を移そう。
前半は陸奥の国の青年(主人公)が、書の道をもっと学びたいと一念発起して、京にのぼるという展開だ。そして認められてほうびとして琴をいただき、歌をお返しするという流れは難解な部分はそれほどなく、あらすじは無理なくつかめるだろう。しかし後半は一転してドラマチックに展開する。幕府が蝦夷の千島に防人(さきもり)、つまり国境警備兵の一人として、この主人公を任命するという展開になるのだ。そして、千島へ旅立つ際に、「こんな広い家に女と子どもだけでは家を守るのが難しい」と言って、家を売り妻や子どもたちを他人に預けていく。その主人公の心にかわって筆者が詠んだ歌二首が詠まれて、さらにその琴の由来が述べられてこの物語は終わる。

受験生として関心のある所は後半の三つの歌の内容と技巧ということになるが、大変オーソドックスな和歌であるという事にとどめておこう。

前半と中盤は、説話的な文体といって良いほど近年のセンターの中では ’08年と並んで読みやすく、後半への歌への導入と後半の歌の前後の内容さえ読み落としがなければ、十分高得点は期待できそう。後半の「蝦夷が千島に防人(さきもり)…」に驚かれた受験生も多いことだろうが、前述した工藤平助の長女であり仙台に嫁いで死去したという事であれば、突飛な内容では必ずしもないことは理解していただけると思う。後半の話の拡がりに新鮮味を感じたのは、私だけではないであろう。

08年以来の近世(江戸)からの出題という事になるが、小説に続き、この出題も真葛らしさは後半少し見え隠れしたものの、やはりもう少し首尾一貫した内容のものを選んで受験生に提供してほしかった。唐突な後半の展開に対して、やや「奇をてらった」出題との感は否めないだろう。同じ近世からの出題でも ’05年や ’08年の方が、物語性があり面白かったと言える。

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