アトリエトーク

『塾長のオススメです!』 Vol.10

平成24年2月20日

河村国語作文塾&学びのアトリエ
河村 勝之

木村 敏 著 『関係としての自己』(みすず書房) 『心の病理を考える』(岩波新書)

小澤征爾・村上春樹 共著 『小澤征爾さんと、音楽について話をする』(新潮社)(その1)

藤沢周平 著 『暗殺の年輪』(文春文庫)

まず、今年のセンター国語第一問の評論の著者の作品を二冊取り上げてみました。木村氏は京大の名誉教授で、日本の精神病理学の第一人者。現在は河合教育研究所の所長です。この二冊を通読してみて感じたことは、私がセンター試験の文章を読んで想像していたよりも、ずっと奥行きも広がりもあるテーマを追求されているという事でした。

西洋発の精神病理学と『善の研究』で有名な西田幾太郎の哲学を融合・発展させていくという試みは、果たして可能なのかと感じましたが、「自己」「自我」について、生命論の文脈の中での思索に挑戦しておられる著者の探究心はとても熱いものがあり、その姿勢には大変共感しました。

村上春樹氏の『小澤征爾さんと、音楽について話をする』は前月号のコラムでとりあげさせていただきましたが、その後も折に触れ読み返しているのが前書きにあたる村上春樹氏の文章「始めに-小澤征爾さんと過ごした午後のひととき」です。芸術家の「創造」という事について示唆の多い文章で、静かに感銘をうけています。類似の趣旨の文章は、他の学者や作家・文筆家のエッセイで何度も目にしているとは思いますが、この村上氏の文章は肉声がそのまま伝わってきてとても心地よく、静かにしかし確実に私の心に届いてきます。

最後は、再び私の敬愛する藤沢周平氏の初期の作品集からのオススメです。直木賞を受賞した「暗殺の年輪」も面白かったですが、私は「溟(くら)い海」という一編に感銘を受けました。この作品は不世出の浮世絵作家である葛飾北斎の晩年の心の闇を描いた短編です。解説にある通り、一人の女性の登場の仕方にも時間の流れをさりげなく表現するという工夫は相変わらず見事でしたが、そうした技術的な巧みさをこえて、年老いた北斎の精神の荒涼たる部分が見事に描き出されていて、とても魅かれました。これが藤沢氏のデビュー期の作品というのだから恐れ入ります。先月号でご紹介した「又蔵の火」と同じく、時代小説・歴史小説の好きな方には、藤沢周平初期の名作として特にオススメです。

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