アトリエトーク

『塾長のオススメです!』 Vol4

平成23年8月14日

河村国語作文塾&学びのアトリエ
河村 勝之

吉村昭著 『三陸海岸大津波』(文春文庫)
『戦艦武蔵』他(新潮文庫他)

黒岩祐治著 『灘中 奇跡の国語教室-橋本武の超スロー・リーディング』(中公新書ラクレ)

3・11東日本大震災の後、震災・津波・原発関係の書物の出版は枚挙にいとまがないと言っても過言ではない。しかし、今から41年も前に1人の作家が丹念にその地を歩き、話を聞き、その書物が中公新書の一冊として出版されていた。吉村昭著『三陸海岸大津波』である。

私の父は、同じ昭和2年生まれという事もあって熱狂的な吉村昭のファンであり、息子である私も父に勧められて戦争文学として名高い『戦艦武蔵』をはじめ、『高熱隧道』『冬の鷹』『長英逃亡』『破獄』『ふぉん・しいほるとの娘』(いずれも新潮文庫)『海も暮れ切る』(講談社文庫)等々、感動・感銘・感涙の歴史小説群のお世話になってきていた。にもかかわらず、―おそらく父は話してくれていたのだろうが―全くこの『三陸海岸大津波』には関心を払っていなかった。

この書物も、他の吉村昭の作品と同じかそれ以上に歴史ドキュメンタリーの要素が強い。そして読み進めるうちに、津波の脅威に空恐ろしさすら覚え始める。地元の人たちによる「異様なまでの」防波堤作りも全く歯が立たなかった大津波が、明治29年と昭和8年に二度もこの地を襲っていたという事実に全く無知だった自分自身にも呆然としてしまう。吉村昭氏が41年も前にこの書を著し、警告を発していたことに気付かずに生きてきた自分自身と向き合って生きていきたい。一体この私に何ができるのか。

2冊目には前回にもご紹介した灘中の伝説の教師、橋本武(現98歳)を取り上げた書物を再びご紹介したい。漱石も絶賛した中勘助の名作『銀の匙』を、中高一貫校の一国語教師が中学の3年間、ほぼこの1冊を読み深めていくことのみで国語の授業を成立させたという奇跡のような話を、教え子である著者が詳しく語った一冊である。

『銀の匙』の中に出てくる言葉を徹底的に調べ上げ、―時には作者に直接質問の手紙を出す徹底ぶりで―その成果をガリ版刷りのテキストで生徒に還元し、その世界に巻き込んでいく手法は見事という他はない。十干十二支にはじまって二十四節気、各節句の由来や風習など、日本文化の柱となっている概念の一つ一つが、授業の中で見事に解き明かされていくのだ。しかもそれが全てガリ版刷りの「銀の匙研究ノート」として、各生徒のノートに結実していくのである。

ため息をついてばかりはいられない。少しでも、この先達の精神と方法を取り入れていきたい。

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